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第175回『ジャパンのルーツはモンゴル語?』
 現在の我が国は、日本語では「日本」、英語では「ジャパン」と名乗っていますよね。そのルーツを探ってみましょう((⊂(^ω^)⊃))♪

 古代の日本は、「大和」や「倭」でしたよね。また607年の遣隋使で、聖徳太子小野妹子に持たせた国書には、「日出ずる処の天子が書を日没する処の天子に致す」と「日出ずる処」と日本のことを書いてあります。「倭」というよりも、もっと自国を誇示した呼称を使いたかったのでしょう。これがやがて、「日の本」、さらに「日本」へと進化していったというのが定説になっています。

 次に「ジャパン」の呼称について。ジャパンという呼称のルーツは、13世紀に世界半周の大旅行を成功させたマルコ・ポーロ『東方見聞録』からだとか。この中でマルコ・ポーロが日本を「ジパング(Zipangu)」として紹介したことによって、日本が西洋に広く知られるようになりました。日本の世界デビューですね(*ノ∀`*)ノ

 このマルコ・ポーロ…実は日本には来ていなかったのです!中国を訪れたとき、東国ジパングは黄金が豊富にとれる黄金の国だと聞き、それをそのまま紹介したのです。なぜ中国が日本のことを黄金の国と紹介したかは、当時の交易を考えれば容易です。貿易において、日本側の支払いに金が使用されていたので、日本は金の国という認識があったようです。詳しくは日宋貿易など、中国との交易の箇所を教科書で復習してみてください。
 当時、中国は「元」の時代でした。フビライ・ハンが天下を取ったことからもわかるように、元は蒙古人、現在のモンゴル人たちが建国した国でした。当時、元では日本のことをモンゴル語で「ジペンクオ(jih-pen-kuo)」と呼んでいたのです。この「ジペンクオ」から、ジパング、ジャパンとなったといいますから、ジャパンはモンゴル語だったというわけですね。

 ちなみにマルコ・ポーロはイタリア人です。現在、日本のことをイタリア語では「ジャポン (Giappone)」と言います。外国語でもジャパンの呼び名が色々あるのですね。


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