モバっちょ


時代も場所も違うひとびとの声に耳を傾けつづけ、とりあえずの正解を日々バージョンアップしていく 文学部はそういうところです
 文学部は、いわゆる「文学」だけを学ぶところではありません。思想、哲学、美学、宗教、歴史、考古、言語、芸術、心理、社会……と、学べることがらは広範囲にわたっています。

 ではなぜ「文学部」というかといえば、27ある専修課程のそれぞれが、何らかの意味での「文」を「学ぶ」場であるからです。思想家の遺した思索、歴史上の行政文書、発掘された遺跡、絵画などの視覚芸術、あるいはまさに文学と呼ばれるような作品、さらには無意識を含む人間の心理、社会をめぐる様々なデータ・・・・・・多種多彩ではあっても、文学部が研究対象としているのは、ほとんどすべて、ことばで織りあげられた「文」、すなわちテクストとして存在しています。

 そうした種々の「文」に込められた意味を探ったり、文脈を復元したり、あるいはそのことばがなぜ自分を感動させるのかを考えたりする。「文」はすべて、人間がつくり出したものです。思想も、歴史も、文学も、社会も、人間だけが高度に発展させえた文化でした。つきつめていえば、文学部のすべての営みを貫いているのは「人間とは何か」という問いだと言ってよいでしょう。

 ひとがつくったものを、ひとが解読する。そこでは見る者と見られる者がつねに絡みあっていて、自然科学で想定されるような、観察する主体と観察される客体の明快な分離はありません。何を研究対象とするにせよ、多くの場合、絶対の正解というものもありません。それぞれの立場から主張される、さまざまな正解がある。そのなかで、よりよい解をさぐっていく。自分と違う立場に立つひとびとの声に耳をよく傾け、自分がもっているとりあえずの正解を日々バージョンアップしていく。文学部における「研究」は、問いにみあう解をさぐるだけでなく、問いを問いなおしながら進んでいくのです。

 文学部は人文学科の一学科制ですが、専修課程ごとに「研究室」があります。授業以外の時間にも、研究室にふらっと顔を出して、学生同士、あるいは助教・教員と学問的・非学問的なおしゃべりに興じるのも楽しいものです。授業も少人数の演習が多く、教員の話を聞くのみならず、自由に発言し討論したりする機会も多い。もちろん、自分が属する専修課程の授業だけでなく、他の専修課程の授業も自由にとれ、そこから多様なものの見方を学んでいけることも、文学部の楽しさのひとつです。

 文学部で学べることは、じつに多様であると同時に、人間とは何かというところで深くつながっています。その面白さを共有してくれる人を、文学部は待っています。