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第16回『恋は盲目』
 日本史を勉強していて、こんなことありませんか?「あれ、これって何代将軍?」「たしかこの時の天皇は…」そう、天皇家と(徳川)将軍家は代・名前・歴史上の事柄をセットで覚えなければならず、大変ですね。特に大和・飛鳥時代〜平安時代は天皇の名前のオンパレードです。時々話題に上ることもある『皇室典範』をご存知でしょうか。現行のそれには第一章第一条に『皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。』とあります。つまり、現在では女性天皇は認められていないわけですね。では、過去はどうだったのでしょうか。

 歴代の女性天皇は10代8方居られます。推古天皇、皇極天皇、斉明天皇、持統天皇、元明天皇、元正天皇、孝謙天皇、称徳天皇、明正天皇、後桜町天皇です。なぜ10代8方かというと、2方は一度皇位を退かれてから、もう一度即位しているからです。皇極天皇=斉明天皇、孝謙天皇=称徳天皇と、同一人物なのです。そのうちの孝謙天皇は、数少ない女性天皇のなかでもさらに特異な方でした。

 第46代孝謙天皇は、749年〜758年在位の女性天皇でした。第45代聖武天皇(大仏造立の詔、墾田永年私財法などが有名)の皇女で、男兄弟が一人いたのですが、早くに夭折。聖武天皇には親王も居ましたが、母方の地位や政治的理由からか、738年に皇太子になります。実は、女性の皇太子も、皇太子を経て即位した女性天皇もこの方だけ!現行の皇室典範のままであれば、この先もこの方だけということになります。父である聖武天皇が病に倒れて即位した孝謙天皇ですが、政権は藤原南家の藤原仲麻呂が握っていました。そして、自身も在位9年で床に臥してしまいます。藤原仲麻呂(後の恵美押勝)は関係の深い淳仁天皇を第47代天皇に即位させ、さらに力を得ました。

 しかし、ここでヒーローの登場!病に倒れた孝謙上皇(上皇とは太上天皇の略です)を、僧である道鏡が救います。病気が治った孝謙上皇は道鏡に骨抜き状態。「運命の人〜♪」とばかりに寵愛を注ぎました。恋する女性は無敵!とばかりに、自分を追いやった藤原仲麻呂とだって戦います!謀反を企てた藤原仲麻呂を斬殺「藤原仲麻呂(恵美押勝)の乱(764年)」、後ろ盾であった淳仁天皇を島流しにして、自身が称徳天皇として再び即位しました。

 …ここで終わらなかったのが、この方の凄い所。女帝と僧という関係から結婚こそできませんが、大好きな道鏡に地位を与えたかったのでしょうか。「神様のお告げがあったから!」と言って道鏡を天皇に据えようとしたこともあるそうです(宇佐八幡宮信託事件)。

 教科書の上では何も語ってくれませんが、歴史上の人物にだってそれぞれの人生がありました。掘り下げてみるのも面白いかもしれませんね!