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第7回『本能寺が、変』
 古都、京都。大学が多く存在し、学生の街としても良く知られている京都府ですが、やはり多くの方が描かれる一番のイメージは歴史の街、でしょう。神社仏閣の一つ一つに、また何気なく渡っている橋に、繁華街のど真ん中でさえ、ひっそりと佇む石碑は歴史的事件がそこで起こったことを物語っています。

 さて、歴史と言えば裏切りや怨憎が渦巻く血生臭い一面もありますよね。共和制ローマ末期の独裁官であるガイウス・ユリウス・カエサル(英語読みではジュリアス・シーザーといいます)は、腹心の一人であったマルクス・ユニウス・ブルトゥスに裏切られ暗殺されます。イギリスの有名な劇作家ウィリアム・シェイクスピア(四大悲劇、すべて分かります?)の書いた「ジュリアス・シーザー」のなかで放たれる「ブルータス、お前もか!」という台詞は有名です。「も」って…あと、誰がいたのか気になります。

 日本の裏切り者といえば、やはりこの人がランキングトップ、堂々のセンターポジションではないでしょうか。

 そう、明智光秀です。ご存知、織田信長を裏切って討とうとした家臣です。京都にある本能寺に逗留していた織田信長、後継者の信忠を狙ったクーデターを引き起こした張本人です。1582年に起きた「本能寺の変」として広く知られている事件ですね。

 実はその舞台、本能寺。とっても、変なんです。

 本能寺の現住所は京都市中京区寺町通御池下ル下本能寺前町で、すぐそばに京都市役所があります。市営バスの京都市役所前で下車すればすぐです。びっくりしますよ、そこは商店街の入り口です。京都市内にある寺社の多くは移転・焼失を経験しているのですが、なかでもこの本能寺、抜きんでて移転・焼失が多いのです。5度の焼失、7度の再建を経て今に至ります。ここまで読めば気付いた方も多いはず。そうです、本能寺の変でも焼失にあっていますよね。これは織田信長本人が自害のために火を放ったという説が有力です。この頃の本能寺は現在の場所から1.2qほど南西にありました。場所は油小路通蛸薬師。…なんだか揚げたこ焼が出来てしまいそうですね。それはさておき、実際に本能寺の変が起きた場所には今、本能寺跡地として石碑が立っています。

 何度も何度も焼失の憂き目にあっている本能寺ですので、もちろん火が嫌いです。ヒが嫌いです。はい、「能」の字をよく見てください。ヒが2つも入っているではないですか!

 ということで、実際に本能寺に行く機会のある人はじっくりと見てみてください。
 「能」の右半分にヒ(火)とヒ(火)が重なるのを嫌い、火難が去るように、と右半分を「去」に変えた「能」の字があります。日本でもおそらくここだけで使われている字ではないでしょうか。

 ほらね、本能寺は変。でも、テストではちゃんと本能寺の変、って書いてくださいね!